話と場所をロンドンに移し時間をこの緊急の連絡から六時間前まで遡る。

予測されていた核は結局欧州には落ちず、事もあろうか敵である筈の『六王権』が阻止した事にこちら側も複雑な心境を抱いていた。

一方、士郎の処刑を宣言していたバルトメロイはと言えば、アメリカにて後方支援の指揮(さっさと逃亡したとも言う)をしている院長と緊密に連絡を取り合い、補給路や最悪の場合に備えて退却路の確保などに全力を注いでいる。

その為に士郎には今現在危害は加えられていなかった。

だが、あくまでも危害を加えられていないだけで、士郎に時折向けられる視線に友好の文字は欠片も存在していなかった。

そしてこの日、士郎が偶然一人(これに一切の人為的な作為は無い)になった時を見計らった様に士郎は『クロンの大隊』に取り囲まれ、連行されるようにあの洋館前にて再びバルトメロイ・ローレライと相対するとなった。

十一『第二次倫敦攻防戦』

「・・・待たせたな・・・エミヤ」

「出来れば永久に待ちたかったんだがな」

敵意と憎悪しか存在しないバルトメロイの言葉に肩を竦めて応じる。

外見上余裕があるように振舞う士郎だったが、その内心は戦うよりもいかにして持ち堪えるか、逃走の手段を考えていた。

だが、どう言う訳か相対するバルトメロイは士郎の逃走に対する警戒を抱いている様には見えない。

それもこの一帯を解析した結果判った。

(結界が発動している・・・逃げるのも一苦労か・・・まずは時間稼ぎだな・・・)

さりげなく士郎は周囲を見渡す。

一見しただけでは今現在ここにいるのは士郎とバルトメロイのみ。

他に気配は無い。

「バルトメロイ、俺を連れてきた『クロンの大隊』は・・・」

「既に帰らせています。貴様を、エミヤを葬るのはバルトメロイ家当主である私の役目、他には決して渡さない」

その言葉から察するにここには二人以外誰もいないのだろう。

逃げ通せるかどうか全く判らない。

だが、生きなくてはならない。

『六王権』との戦いの為に、何よりも自分の大切な夢の為にも。

この絶望的状況下でも生き延びる意思は決して挫けていなかった。

「もう逃がさん。今日この地を持ってエミヤは滅びる。そして我がバルトメロイの屈辱の歴史はここで終止符が打たれる」

軽く振った鞭が風を切る。

だが、その全身に魔力が漲っている。

「行くぞ」

「!!」

全身の魔術回路を起動し一撃の下に全てを決しようと動き出そうとしていた。

遂に激突するかと思われたその時、二人の間に割り込むように見覚えのある戦車が轟音と共に降り立った。

おそらく轟音は結界を強行突破した際のものだろう。

「おお!ここにいたか!エミヤ!探しておったぞ」

「イスカンダル陛下?」

突然のイスカンダルの出現に命拾いした事への安堵と、何か火急の事態が起こったのかと緊張を高める。

「直ぐに乗れ、『六王権』軍が来たぞ!」

「!!」

イスカンダルの言葉に直ぐに戦車に飛び乗る。

「そう言う事だ。小娘。貴様も持ち場に戻れ。部下が探しておったぞ」

「!!こ、小娘・・・」

身も蓋もないイスカンダルの言葉に絶句するバルトメロイ。

「行くぞ、エミヤ」

「御意」

気色ばむバルトメロイをそのまま置き去りにして宙を駆ける戦車。

「それで陛下、詳しい状況は」

「うむ、一時間前からロンドン郊外から市街地めざし突進しておる。既に小娘達は所定の位置につき迎撃に移っておる。だが・・・」

「だが?」

「腑に落ちぬ点がある。敵の総数はおよそ十万。決して少ない数ではないが」

「変ですね。二日前はおよそ二十万で攻めて来た。半分の数ですか・・・」

「そうだ、おまけに質も良くない。前線はほぼ全てが死者、後方の本陣にだけしか死徒はおらん。その死徒も僅かな少数が上級だが、ほとんどは下級に過ぎん」

「ちょっと待って下さい。それじゃまるで寄せ集めじゃないですか」

「多分お前の推察は正しいだろう。ウェイバーの話だと先日以降、コーンワル半島に向かっていた部隊が猛スピードで撤退して行ったと聞く。それを主力にしてようやく整えたのだろう」

「では・・・この襲撃は囮で別働隊が」

「その気配も無い。それ所か欧州本土から増援が送られてきた気配も無い。偵察機とやらで偵察してきた奴の話だと、旧フランス、カレーには大軍が集結しているらしいが海峡を渡る気配はないらしい」

「そうなると考えられるのは、この敵襲は敗北を前提として俺達を消耗させた後に部隊は後退して、カレーに集結している部隊が後詰めが上陸して・・・」

「それか『六王権』とやらはここの部隊を切り捨てたか」

「切り捨てた?まさか、いくら弱体化したといっても十万の軍団ですよ」

「可能性の一つだ。それよりも急ぐぞ。後詰めが上陸するとすればこちらの被害は最小限に抑え込まねばならん」

「はっ!」

その会話と共に、戦車を引く雄牛は宙を蹴りつけ、戦場に向かった。









一方・・・

「バルトメロイ!こちらにおいででしたか・・・!!」

士郎達が後にした数分後、『クロンの大隊』の一人が呆然と立ち尽くすバルトメロイを見つけた。

だが、声を掛けるが、それ以上近寄る事は出来ずにいた。

それも道理、今彼女の周囲には煮え立つような怒りによって魔力を制御しきれず、地面の小石を粉砕し、偶然近寄った羽虫を消去して近寄れば無事ではすまない事を物語っていた。

「・・・なんですか・・・」

静かに振り向くその表情は意外にも無表情だった。

「は、はっ・・・『六王権』軍がロンドンに再度侵攻を開始しましたのでその後報告を・・・」

「判りました・・・直ぐに向かいましょう・・・で敵の数は?」

「はっ、敵の総数はおよそ十万、ただ、この十万は周囲の戦力をかき集めただけだと思われます。ですが」

「ですが?」

「敵の戦意が異常です。こちらの防衛戦に突撃を仕掛ける事既に五回、全て撃退されながら戦線を再編しながらも次々と突っ込んでいます」

その報告に眉を潜める。

「それは死者がですか」

「いえ、指揮官と思われる下級死徒が動けなくなった死者を自分達の手で葬り動ける死者を向かわせています・・・その・・・まるで何かに怯えている様に」

「・・・どちらにしても死に急いでいると言う事ですか・・・良いでしょう。丁度この怒りをぶつける場所を探していた所・・・行きましょう・・・最前線に」

そう宣言し満面の笑みを浮かべ前線に歩を進める。

その笑みはまさしく獰猛な肉食獣が獲物を見つけたそれだった。









その頃、『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』で最前線に一足早く赴いていた士郎とイスカンダルは改めて『六王権』軍の狂ったかのような突撃に眉を潜めていた。

「こりゃ後先考えていないな」

「そうですね・・・名実共に死兵と化しているな。まずいな、いくら死者だけでもこんな突撃を繰り返したとなるとこっちの疲弊が激しくなる」

現にアルトリア達英霊以外の協会の部隊は疲労の色が濃い。

「そうだな・・・では我々は」

「遊撃で敵の戦線をずたずたにしてやりますか・・・投影・開始(トーレス・オン)」

阿吽の呼吸で虎徹を握り締める士郎だったが、その表情を歪める。

「エミヤ、大丈夫なのか?」

「え、ええ・・・戦いには支障はありません・・・」

確かに現状は戦いには支障はないが、例の鈍痛が先日より更に痛みを増してきた。

まるで士郎が魔術行使する度に成長するように・・・

一瞬掠めた嫌な予感を振り払うように頭を振る。

「問題ありません。行きましょう」

「よし、では突っ込むぞ!」

「御意!」

たった二人だけの遊撃軍は怯む色も無く、『六王権』軍のど真ん中に突撃を開始した。

『うらあああああああああああああああ!!』

ロンドン中に響くかと錯覚する咆哮を上げて。









その咆哮は敵味方問わず平等に轟いた。

「あれは・・・」

休む間もなく『六王権』軍の猛攻に晒されてきた協会の部隊は思わず天を仰ぐ。

「ようやく来たようだな」

「そうですね」

「ったくよ、遅えよ」

疲労は無いもののあまりの猛攻に辟易していたアルトリア達英霊は軽く笑う。

そして・・・

士郎達の突撃の直前、最前線ポイントに到着したバルトメロイもまた肉薄する『六王権』軍と相対していた。

ただ一人で。

このポイントを守っていた部隊を強引に退かせてここに立っていた。

他の『クロンの大隊』は小隊毎分散して各ポイントの援護に回っている。

一人と見るや理性なき死者は餌食にせんと一斉に殺到する。

その数は千に届くが、自身の内に荒れ狂う怒りを発散させるにはこれ位の戦力差でようやくつり合うと言うもの。

「・・・蛆虫共・・・消えろ」

そう言うと自身の魔術回路を迷い無く解放した。

一方、『六王権』に見捨てられたルヴァレ軍はと言えば、

「まだか!いまだロンドンは落ちぬか!」

「現在、総力を結集して突撃を行っておりますが・・・びくともしません!」

「ええい!何をしておるか!ここで勝たぬ限り我々に先は無いのだぞ!」

失敗はすなわち身の破滅を意味する事を良くわかっていた為、罵り叱咤して突撃をけしかける。

だがそれも終わりを迎えようとしていた。

天より轟く咆哮と共に、『神威の車輪』を牽く神牛の蹄が、大地を駆けると共にほとばしる雷光が、車輪に加えて側面に備え付けられた大鎌が次々と死者を踏み潰し、焼き払い、ひき潰し、切り裂く。

瞬く間に真横から一直線に『六王権』軍の陣を貫き反対側に抜けていく。

だが、無論、この程度で止める訳がない。

反転すると、再び『六王権』軍の中に突っ込み、縦横無尽にかき回す。

死者であるので連続しての突撃に動揺する事はないが、目の前に現れた『神威の車輪』に本能の赴くまま殺到して立て続けにその餌食になる。

それでも何体かは戦車の殺戮の嵐を掻い潜り戦車に乗り込もうとするがそれも、士郎の手で次々と両断される。

『神威の車輪』の連続突撃によって前線の指揮官である下級死徒は即座に腐敗したミンチ肉と化し、辛うじて軍の形態をなしていた『六王権』軍は完全にただの死者の群れと化した。

そしてそれに止めを刺すように、前線からバルトメロイが死者を薙ぎ払い、消し飛ばしながら突き進む。

右往左往する『六王権』軍に防衛に徹していた協会の部隊もアルトリア達英霊を先頭にして攻勢をかけていく。

前後から挟み込まれるようになす術も無く蹂躙されていく『六王権』軍。

『六王権』軍イギリス侵攻部隊は全滅の一途を突き進もうとしていた。









「前線の部隊はもはや壊滅同然、指揮官も既に死滅し、もはやここに敵が殺到するのも時間の・・・」

声すらも蒼ざめた報告にルヴァレの子供達も顔面を蒼白させてルヴァレに視線を向ける。

「・・・直ぐに残りの死徒をここに集めろ。その間死者に一秒でも敵を足止めさせろ」

暫くの無言の後ルヴァレは妙な指令を下す。

その指令に首を傾げながらも直ぐにその命令は実行された。

「父上、一体・・・何を?」

集まった死徒を代表して子供の一人が声を発する。

「それはだな・・・こいつを使う為さ」

そう言ってルヴァレが取り出したものに全員が騒然となった。

それは野球のボール大の形としては香炉のような入れ物。

だが、それの凶悪極まりない正体を全員が知っていた。

「お、お父様!それは」

「そうだ、私の秘蔵の魔術礼装の一つ・・・周囲の生命を吸収し持ち主の力を何十倍にも高めてくれる魔術礼装・・・もちろん私の負担も大きいが、その様な事を言っている場合ではない。私はここで死ぬような死徒ではない。将来二十七祖の一角を占める選ばれた死徒。喜べ。お前達はその偉大なる死徒の一部となれるのだから」

「そ、そんな!」

「い、嫌だ!死にたくない!」

ルヴァレの追い詰められた者だけが出せる狂笑に怯え、我先に逃げ出そうとする。

だが、それもすぐに止まる。

既にルヴァレの持つ礼装は起動していた。

足から既に灰と化しつつあった。

「あ、あががががが・・・」

「ぇぇぇぇぇぇ」

惨めな断末魔を上げて次々と灰に塵にと化すルヴァレ軍の死徒達。

そして一分と経たぬ内に、そこに立つ死徒はルヴァレただ一人となった。

最も、子供達はもちろん配下の死徒の命をまとめて吸収した件の礼装を経て何十倍の力を得た事で、力だけならば二十七祖級にまで高められたが。

「ふ、ふふふふ・・・皆殺しだ・・・皆殺しにしてやる」

そう呟き更にいくつもの魔術礼装を身に纏い戦場に歩を進めようとしていた。









一方前線では、既に『六王権』軍は完全に瓦解し、小規模な死者の集まりが生存本能に基づく無意味な抵抗が行われているだけとなった。

それを空中から確認する『神威の車輪』上の士郎とイスカンダル。

その戦況は素人目から見ても『六王権』軍の全滅は時間の問題だった。

「大勢は決したな。後は親玉か」

「はい、ここは協会の部隊に・・・と言うかバルトメロイに任せても問題ないでしょう」

実際、協会の部隊はもうほとんど動いておらず、バルトメロイただ一人が死者を一体たりとも残す事無く殲滅を行っていた。

「よしでは・・・」

「陛下、何か来ます!」

視神経を強化していた士郎がイスカンダルに警告を発する。

「うむその様だな。ほほう・・・それなりの強さだな・・・そうなると親玉自ら出陣と言う訳か」

「おそらく」

士郎の肯定の言葉にイスカンダルの号令が重なる。

「エミヤ!最後の大掃除と行くぞ!」

「はっ!」

『神威の車輪』は主の意思に副うように急接近する力に向かって進軍を開始する。

進軍を開始した『神威の車輪』を地上のアルトリア達も確認していた。

「シロウと征服王が」

「どうやら本陣に乗り込むようだな。んじゃ俺も」

「もうここは協会の部隊だけで」

「ああ問題は無いだろう。先に行かせてもらう」

「では私は念の為にここに残るとしよう」

「はい頼みますヘラクレス」

ごく短い遣り取りでアルトリア、メドゥーサ、セタンタ、ディルムッドが地上から疾走を開始した。

一方、空中から爆走を続けていた『神威の車輪』の乗る士郎とイスカンダルは、接近してくる敵と対峙していた。

「ほほう・・・面白い趣向だな」

完全に視野に捕えたイスカンダルは逆に感心したように頷く。

対面するのは無論ルヴァレであるが、その身体にはどう言う訳か背中に鳥のような翼が生えていた。

いや、正確に言えば背中の翼は生えたというより上着に装着されたものだった。

「あの翼自体にも魔力が・・・どうやら礼装の一種のようです」

「ほう、あのようなものもあるのか」

士郎の報告に更に感心したように眼を輝かせる。

士郎の言う様にルヴァレの背中にある翼はルヴァレ秘蔵の魔術礼装の一つだった。

この礼装を創り上げた魔術師は英霊のシンボルたる宝具を複製する事を目指し続け、その結果数多くの模造版宝具といえる魔術礼装を完成させていたが、その大半がルヴァレに命もろとも奪われた。

その完成された模造宝具の一つでもあるこの翼は『太陽に挑む勇者の翼(イカロスの翼)』の模造版。

更にその右手には血を吸い込んだかのような禍々しいほどの赤い色の爪を装着し、左手には突撃槍を握り締めていた。

それもルヴァレが魔術師から奪い取った概念武装でこれと言った特殊能力こそ無いが、威力だけならば所有の概念武装、魔術礼装の中でも最強の部類に入る。

「ふふふふ・・・邪魔だ!消えろ!出ろ!」

正気を失ったルヴァレの号令と共に懐から無数の何かが飛び出してルヴァレの周囲に浮遊する。

その数にして三十近く。

それは拳大の大きさの士郎やイスカンダルがよく目にしている形だった。

「あれは?・・・まさか」

「間違いない・・ヴァジュラ・・・いや、あれは模造品・・・」

そう言っているうちに模造ヴァジュラはその全てが放電を開始する。

「あれを全部撃ってくるか」

「宝具の贋作で俺とやりあうか!投影・開始(トーレス・オン)!」

すぐさま士郎は鉄槌と真紅の槍を作り出す。

更にその能力を繋げ共有する。

「接続開始(リンク)・・・完了(セット)」

だが、士郎の表情は苦痛に大きく歪み、脂汗すら滲ませている。

「エミヤ!」

「だ、大丈夫・・・問題・・・ありません」

もはや強がっている事は誰の眼にも明らかだった。

現に手首の痛みは鈍痛ではなく激痛に姿を変えていた。

かつて未熟極まりなかった頃の魔術回路の構成に失敗しかけていたあの痛みに近い・・・いや痛みだけならばそれを越える。

だが、事態は士郎の容態を考慮する筈もない。

「ゆけ!雷の散弾!」

ルヴァレの喚き声と共に『神威の車輪』目掛けて模造ヴァジュラが放たれる。

士郎も痛みを意識から追い出し、宝具を発動させる。

「させるか!猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!」

放たれると同時にゲイ・ボルクの能力を供有したヴァジュラは五十に分裂して模造ヴァジュラと激突する。

真っ向からぶつかり合う二つの贋作宝具。

しかし、贋作同士でも格が違う。

士郎のヴァジュラは次々と模造ヴァジュラを粉砕しルヴァレに殺到する。

だが、ルヴァレも黙ってそれを受けるほど錯乱はしていないし、愚かでもない。

既に大きく迂回し『神威の車輪』の側面から士郎とイスカンダルに襲い掛かる。

それを予測していたかのように既に士郎は虎徹を構え直し、迎撃に撃っており、突撃槍とぶつかる。

しかし、今度はルヴァレの方が格が上だった。

一合打ち合っただけで虎徹は砕け散り、丸腰となった士郎に爪を浴びせ掛ける。

だが、それもイスカンダルの剣が遮り、更に『神威の車輪』が高速で離脱した為更なる追撃をかわす。

「すいません陛下」

万全の状態ならば虎徹が折れた所で即座に新たな投影で宝具を呼び出すところだが、例の激痛がそれを阻んでいた。

士郎の手首の激痛は既に戦闘に支障をきたす程にまで育っていた。

「気にするな。戦闘に支障は?」

「・・・正直魔力を通すだけでも痛みがぶり返します」

もう強がる余力すらなく主君の質問に正直に答える。

その答えだけでイスカンダルは士郎に起こった事態が生易しいものではない事を察した。

イスカンダルの記憶している限り士郎はそう滅多な事では弱音を吐く様な事はしない男だ。

殊戦闘でそのような事を言った事は皆無といって良い。

その士郎が弱音を吐いたのだ。

士郎が惰弱になったか、そうでなければ、手首の痛みがもう士郎でも耐え切れないほどにまで大きくなったという事。

「ちっ!追いかけてきやがった」

現にルヴァレは殺戮を求める様に『神威の車輪』に追いすがる。

「むう・・・速度はほぼ同じか、ならば」

そう言うと『神威の車輪』の高度をほぼ零にまで落とし地面に敷き詰められたアスファルトを神牛の蹄が次々と打ち砕き、更に車輪によって細かく砕かれたアスファルトの粒が次々と高速の弾丸と化し、『神威の車輪』後方を弾幕で守りを固める。

だが、ルヴァレは突撃槍を背中に差し込んでから、やはり背中に括りつけていた模造宝具を取り出す。

一見するとそれは何の変哲の無い槍だったが、もし士郎が眼に入っていたらそれが何であったか直ぐ判っただろう。

それは太古の中国神話『封神演義』に登場した宝貝の一つ。

「吠えろ!灼熱の槍!」

ルヴァレが構えると同時に穂先から火炎が噴出しアスファルトを溶かし、弾幕に風穴を開ける。

その穴からルヴァレは弾幕を突破して真上から急襲を掛ける。

既に気配を察したイスカンダルも『神威の車輪』を巧みに操りかわす。

「あれは火尖槍!くそっ!西洋の死徒が東洋の宝具なんか持ってるんじゃねえ!陛下俺に剣を!投影を使わなければまだ戦えます」

「強化は?」

「強化でも痛みは出ますが・・・戦えない程では」

「・・・よし、判った」

暫し迷うが直ぐに判断を下し、自分の腰に帯びていたスパタを士郎に手渡す。

スパタを構えルヴァレの動きを見極める。

「ひゃあああああ!」

狂声を発しながら槍と爪を振りかざすルヴァレの猛攻を巧みに弾きかわす。

そしてルヴァレの手を斬り付ける事で模造火尖槍を強引に奪うと、

「宝具って言うのはな、こう使うもんだ!神仙達の裁き(火尖槍)!」

魔力を注ぎ込み、真名を唱える。

ルヴァレの時とは比べ物にならない程の大きな炎を噴射させる。

「ちぃいい!」

炎を避けて距離を取ろうとするがどう言う訳か炎は意思を持ったかのようにぎこちない動きながらルヴァレを取り囲む様に炎の渦となり、ルヴァレを焼き尽くさんと一気に周囲を狭め中心を飲み込む。

「くっ・・・模造品だからな威力も弱いし、少し動きが悪いが真名を唱えれば能力も発動したな・・・壊れたが、これでも充分」

炎を避ける為、ほとんど地面を疾走している『神威の車輪』の上で士郎はその様を見上げ、模造品故か、注がれた魔力に耐え切れず内部から破壊した火尖槍を投げ捨てながら、痛みに表情を歪めつつも頷く。

激痛は魔力を使用しただけでもひどく士郎を苛んでいた。

間違いなく加速度的に苦痛は大きく成長している。

暫くして火球より火に包まれた人影が飛び出してくる。

全身焼け爛れているがそれは紛れも無くルヴァレだった。

だが、装着した翼もあまり長時間炎に晒された訳でもないと言うのに黒く焼け焦げ飛行も極めて危なっかしい。

それだけでない、火尖槍より放たれた炎は魔を浄化する力を持っている。

その力によってルヴァレの身体は一秒単位で火傷の範囲が広がっていく。

直撃を受けた以上、ルヴァレの肉体はもはや崩壊は時間の問題だった。

しかし、ルヴァレの執念はある意味士郎達の予測を超えていた。

「し・・・死ねぬ・・・私は死ねぬ!」

一声吠えると焼け爛れた肉体が一気に再生され体中から膨大な魔力が吹き上がる。

もはや用済みとなった翼をもぎ取り、『神威の車輪』を凌駕する速度で地面を駆け始める。

「自身の魔力を使い無理矢理治癒したのか」

「全くしぶとい者だな」

呆れたようにイスカンダルが呟いた時、

「シロウ!征服王!」

アルトリア達がようやく合流を果たした。

「おいおい、ありゃ随分とマッチョな奴だな」

「ついさっきまでは、そうでもなかったけどな」

「どちらにしても、あれをそのまま放置しておくには危険です。勝負をつけましょう」

「それについては同意する」

「そんじゃ俺が先にいかせて貰うぜ」

「俺も行こう。偉大なる猛犬よ」

「よし!遅れんなよ!」

セタンタとディルムッドが同時に駆け出す。

それを見たルヴァレがただ本能のみで健在な武装での迎撃に移るが、それはただ武器を突き出すだけのお粗末な迎撃。

全身に魔力がいきわたり力が漲っていたので、突き出す速度は速かったが。

「甘い!」

速いだけで、直線の迎撃を容易くかわすとディルムッドが片割れの短槍・・・『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』でルヴァレの両腕の神経を寸分の狂い無く全て断ち切る。

治癒しようにも『必滅の黄薔薇』の能力で治癒は完全に阻まれている。

「よっしゃあ!その心臓!貰い受ける!」

腕を動かせずそれでも最後の牙でディルムッドの首筋を噛み千切ろうとしたルヴァレのがら空きになった心臓目掛けてゲイ・ボルクを放ちこちらも寸分違わず心臓を完全に破壊し貫通する。

だが、攻撃は止まらない。

「はああ!」

アルトリアの一閃がルヴァレを背中から袈裟斬りにし

「っ!!」

メドゥーサのダガーは脳天から無慈悲に貫き脳を破壊する。

そして全員が離れ、自身の身体から噴出す血の海で、未だ立ち続けるルヴァレ目掛けて止めとばかりに。

「うらららららあああああああああ!!」

イスカンダルの咆哮と共に神牛が踏み砕き、戦車がひき潰し、紫電の迸りが焼き尽くす。

突進が終わった時、そこには辛うじて原型をとどめたルヴァレが地面にうつ伏せに倒れていた。

しかし、両腕は断ち切られ、心臓を貫かれ脳の大部分を破壊された上に、イスカンダルの戦車に下半身をほぼ踏み潰されたルヴァレにもう攻撃に移るだけの余力は無い。

だが、上半身の力だけで身体を起き上がらせると

「し・・・し・・・ね・・・ぬ・・・わ・・・た・・・しは・・・」

全身の力を込めてそう呟くと同時に異常な魔力の移動を全員が察知する。

「!な、なんだ!」

「まだ何かやる気か!」

アルトリア達が警戒する中、ルヴァレは血塗れになりながら狂気の笑みを絶やさない。

「しぬぅ・・・ならぁ・・・み・・・ぢ・・・づ・・・れ・・・お・・・ま・・・え・・・らぁ・・・」

その時、士郎の眼にルヴァレの胴体中心部分に括りつけられた奇妙な形の入れ物・・・ルヴァレが自分の子供や部下全ての命を奪い尽くした魔術礼装が飛び込んできた。

格段の解析でそれが極めて危険な物と言うこと、それをルヴァレが最大出力・・・現状の位置ではロンドンにいる凛達は無論の事、ロンドン北部まで退避させた桜達をもすらも範囲に入る・・・で起動させようとしている事を悟るや、一気に間合いを詰めると

「投影開始(トーレス・オン)!!!」

渾身の力を込めて自身の神経全てを魔力で遮断、矢継ぎ早にディルムッドの『破魔の赤薔薇』を投影、起動する寸前の礼装と接触させる。

ただの接触、だがそれで事足りる。

『破魔の赤薔薇』の刃に触れた魔力はそれだけで遮断、無効化される。

「アルトリア!ディルムッド!この礼装を叩き壊せ!」

士郎の言葉よりも早くアルトリア、セタンタ、メドゥーサ、ディルムッドの一撃が礼装もろともルヴァレを切り裂き、貫き、打ち砕く。

何か言おうと口を開閉していたがやがて倒れ伏し、その身体は直ぐに灰となって風に舞って散っていった。

「今度こそしとめたか」

「そうですね。ですが危なかった。あの魔術礼装がどの様な効果かは知りませんでしたが、発動していれば我々も無事では済まなかったでしょう」

そんな言葉の中士郎はと言えばその場を動かずただ立ち竦んでいた。

「??おい士郎、どうした?んな所で突っ立って」

不審げにセタンタが士郎の肩を軽く叩く。

「・・・ぁぁぁ・・・」

「??」

その瞬間、

・・・ぎゃああああああああああああ!!

まさに咆哮と呼べるような絶叫を上げて地面を転がり、苦痛の絶叫を放つ。

現に今士郎は、今までとは比べようの無い激痛が全身を駆け巡っていた。

魔力で神経を遮断した為なのか、理由は不明だがとにかく終わりの無い激痛が全身を容赦なく蹂躙し士郎はその都度狂ったように暴れる。

「お、おい!どうした士郎!!」

「がぁぁぁぁあああ!」

セタンタが押さえ付けようにも信じられない力でセタンタを弾き飛ばす。

「エミヤ!」

「エミヤ殿!」

ディルムッドとイスカンダルが二人がかりで押さえ込もうとするがこの二人をもってしても押さえつけるのが精一杯だった。

「火事場の馬鹿力にも程があるだろう!おい!誰でも良いからヘラクレスの旦那を連れて来い!あの旦那で無いと手に負えねえ!ついでに嬢ちゃん達も連れて来い!」

その言葉にアルトリアが駆け出す。

士郎を押さえつけるのにはメドゥーサとセタンタが加わった事でようやく収まったかに見えた。

「こ、これは・・・強化を使用しているようですが・・・」

「だ、だが・・・何故、・・・」

「さてな。どちらにしてもエミヤ、大丈夫か」

イスカンダルが問うても士郎には返事は出来ない。

少し落ち着いたようだが、それでも激痛に声なき声で苦しみ、身体を小刻みに震えさせている。

そこへ

「ちょっと!士郎!どうしたのよ!」

「シェロ!大丈夫ですの!」

凛達が駆け付ける。

「これは・・・ねえアルトリア!何があったの!」

「私達にも何がなんだか・・・」

「急に悲鳴あげたかと思ったら暴れだしたんだよ。で、今俺ら四人がかりで押さえ込んでいるのさ」

だが、英霊四人で押さえていても強引に暴れようともがく。

その間に懐から零れ落ちた士郎の携帯を使って桜が志貴と連絡を取っていた。

「くっ!ヘラクレス!少し押さえてくれ!」

「うぬ!」

そう言いヘラクレスと後退したディルムッドはおもむろに

「エミヤ殿・・・ごめん!」

槍の石突きで士郎の鳩尾を突き込む。

「がふっ!」

予想外の衝撃に士郎は体をくの字に折れ曲げてから失神する。

「や、やっと大人しくなったか?」

「随分と荒っぽい方法でしたが」

「いや、この場合ディルムッドの処方は正しい。下手に暴れられるよりも気を失って貰った方がこちらとしても都合が良い。それに・・・このままだと発狂しておったぞおそらく」

そう言っている間にも凛が士郎の脈をいろいろ取る。

「脈は正常・・・特に呪いにかけられた形跡もなし・・・何があったの?士郎に」

「それが判れば苦労はねえよ。どう言う訳か敵の親玉の死徒を倒した矢先にこうなったんだからよ」

「何か気にかかる事は?無いの?」

「あるとすればエミヤの手首の痛み位か」

イスカンダルののんびりとした回答に全員が眼を向く。

「征服王!それはどういう事だ!」

「何だ?騎士王お前エミヤから聞いておらんのか?」

「初耳よ!ここにいる全員!」

「シロウに何か障害があったとわかっていれば闘わせる訳が無いでしょう!」

「征服王よすまぬが俺にも聞かせてくれ」

「なるほどな・・・余とてエミヤから全てを聞いた訳でもないからな。ただ、魔術を行使する度に手首から痛みが発生すると言っておった。先刻の戦いでは戦闘にすら支障が出ておった程の」

「痛み?それって魔術師にとっては当然のものですわよ。それに弱音を吐くなんて」

ルヴィアが呆れた様に溜息をつく。

それに無論だが、反論が起こる。

「待ちなさいルヴィア、確かに並みの魔術師ならあんたと同じ意見だけどこいつに関しては意見を別にさせてもらうわ」

「そうです!『聖杯戦争』でも先輩が弱音を吐くなんて一度しかありません」

「大体筋金入りの偽善者である彼が自分の痛みを訴えるなどありえませんね」

「そうね。シロウが戦いや魔術行使で弱音を吐くなんてありえない。この程度で弱音を吐くならキシュアの弟子なんて到底勤まらないわよ」

凛、桜、カレン、イリヤの反論にうめく。

特にイリヤの反論でゼルレッチの弟子と言う事を今更ながら思い出した様である。

「あ、それと今七夜さんに連絡を取ったら直ぐにこちらに向かうと言っていました」

「そうですか・・・後はシキや魔法使いに直接問い質すより術はありませんね」

「それとこいつをちゃんとした所で寝かせましょう。後護衛にもつかないと。こんな状況バルトメロイが放って置くなんてとても考えられないし」









士郎が昏倒したと知らせを受けて志貴とゼルレッチが『時計塔』に現れたのはそれから一時間後だった。

志貴が単独である事と例の結界がなければ、もう少し早く来れたが、ゼルレッチに知らせ闇の結界に覆われていないロンドン北のケンブリッジまで転移で移動し、そこからイスカンダルの『神威の車輪』で『時計塔』に向かった為これだけ時間が掛かってしまった。

「大師父!志貴も!」

「トオサカか、で、士郎は?」

「こっちです」

部屋に入ると大人数の入院部屋と思われる部屋に桜やアルトリア、メドゥーサ、セタンタ、ヘラクレス、ディルムッド、ヘラクレスの六人に囲まれる形で士郎はベットに横たわっていた。

「トオサカ、これは?随分物々しいが」

「ええちょっとありまして・・・一先ずと言うか念には念を入れてアルトリア達に護衛を・・・」

「??ま、それは後回しだ。それよりも士郎が苦痛を訴えて気絶したって?」

「ええ、それで私達も聞きたいんだけど今回の事態に心当たりは無い?」

まず志貴に質問をぶつける。

「・・・士郎は何も言っていなかったのか?」

「と言う事は何か知っているのね!一体士郎に何があったの!」

途端に志貴に詰め寄る凛。

「悪いけど俺達も全て判っている訳じゃない。士郎が魔術行使するたびに痛みを訴えている事は知っていた」

「何で私達に」

「士郎から直接口止めされていてな。私やコーバックすら判らぬ事を無闇に口外しないでくれと」

「またシロウ、自分ひとりで背負い込んだの?」

「そう言う訳でもないと思うんだけどな」

「それよりも、今はエミヤの容態の方が先決だな。エミヤの痛みとやらは治るのか?」

イスカンダルがこの場にいる全員が今一番ほしい情報を問い質す。

だが、それに対してゼルレッチは苦虫をまとめて噛み潰した表情で最悪の返答を返す。

「今はそれすらもわからん。士郎の手首の痛みは正直に言って全ての面で不明としか言い様がない。後はコーバックが頼りだ」

「師匠、そう言えば教授は?」

「ああ、今『千年城』だ。士郎の件で何か気にかかる事があるからと言う事でな」

ここで遅くなったが、アルクェイドの『千年城』であるが、開戦時、アルクェイドの力で一旦欧州から脱出、現在は日本上空にゼルレッチとコーバックの能力を使い結界を張って留まっている。

「では・・現時点ではエミヤ殿の異常は原因が判明しないと言う事か・・・」

「ああ悔しいがな・・・」

その時志貴の携帯が突如着信音を発した。

「??何だ一体」

首をかしげながら電話に出る。

「もしもし」

『志貴君!大変ですよ!直ぐに戻れそうですか?』

電話口に出たのは極めて慌てた口調のエレイシアだった。

「??直ぐって一体何が・・・」

『大変なものは大変なんです!『六王権』軍がアメリカに攻撃を仕掛けたと情報が入ったんです!』

「なんですって!!」









終戦後、『蒼黒戦争』には四つの段階があるとされている。

開戦期、激戦期、反抗期、そして終戦期である。

開戦から『六王権』軍イギリス第一次侵攻軍全滅までを開戦期と位置づけるとするならば、ここより『蒼黒戦争』は更なる犠牲者と戦線の拡大が始まる激戦期に突入した。

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